しもべたちの共同戦線 


 湯殿前の休憩スペースに戻ると、明らかな雲隠れの男女が何やら会話をしており、オレたちと入れ替わりのように露天風呂へとそれぞれ分かれて行った。二人がそれぞれの暖簾を潜ったのを見届けてゲンマが口を開く。

「…あいつら、シカマル達と一緒に任務してたやつだな」
「え、まじっすか」
「風呂が騒がしくなりそうだ」

 日中の任務を見届けていたライドウとゲンマが頷き合っている。大名の任務は相当騒がしいものだったらしい。夕飯の時間までまだ時間の余裕があったので、ひとまず各々サービスの瓶入りの飲料を手にして寛ぐことにする。しれっとゲンマは缶ビールを購入していた。

「だいじょうぶですかね、シカマル」
「ありゃ、何も起こらないんじゃなくて、本当に起こせないんじゃねーの」
「頭いいから、無駄に理性が利くんだろ」
「まぁ相手の立場ってのもあるでしょうし…テマリは砂の外交ですもんね」
「んじゃあ、どーやって後輩の後押ししてやるかなぁ…」

 ゲンマはぐいっと威勢よくビールを飲み干し、良からぬ事を企んでる悪代官のような顔つきを見せた。

「酒でも盛るかぁ?」
「いや…シカマルの酒の耐性が把握できん。潰れて寝ちまったら面白くもない」

 顔つきに違(たが)わない無謀なこと企むもんだ。悪ふざけが過ぎる時のストッパーになってくれるものと信じていたが、火影直々の任務を遂行中のライドウには、手段は関係無くなっているようだ。

「あ、横恋慕はけっこう利くみたいっすね。さっきのシカマルの態度!」
「意外と分かりやすかったよね。昔よく見た顔してたなー」
「あれ見るとまだ可愛いもんだなぁ」

 アカデミー時代のシカマルの気怠い表情は頭に浮かぶ。任務の時にはしょっちゅう文句を言っていた。それが、里の中枢に食い込むような立場にいるのだから、子供の成長と言うのは予想がつかない。普段は火影の下僕扱いだが、試験管というのはこれだから辞められない。
 だらだらと四人で寛いでいると、視界に意外な人物が入ってきた。きょろきょろと何かを探るように動いている。これは怪しい。

「あっれー?」
「お、犬塚。いいとこ来たな」
「うぁっ、なにしてんすか、こんなとこで!」

 後ろから声をかけるとびくりと身体を震わせて振り返る。さらに向こうの渡り廊下には、先程中庭で見かけた砂隠れの忍たちもいる。

「俺らは任務的なものの最中だ。お前も砂隠れと合同任務的なものなんだって?」
「何で知ってるんすか…?」
「そりゃ、里長が一枚噛んでるからな」

 お得意の嗅覚を使ってシカマルを辿っていたらしい。同期の友人をストーキングするってのは、任務とはいえやり辛いのだろう。キバは分かりやすく申し訳なさそうな顔をしている。とはいえ、このような便利な後輩を使わない手はない。ゲンマが分かりやすく目配せをしてくる。

「よし、お前ちょっとオレ達の任務も手ぇ貸せよ」
「嫌っすよ。こっちの監視任務も大変なんで」
「キバぁ、率直すぎるぞ。別に任務に参加しろとは言ってないだろ。砂のやつらに交渉を持ちかけて欲しいんだ」
「えー、ますます嫌だぜ。だって、オレは合同任務のために来てんだしー」
「お前、先輩の言うことと他里のヤツの言うこと、どっち聞くのが利口なんだ?」
「…おれ、カンクロウとは良い関係を続けたいんで!」
「お前らの同期の中忍試験出場したやつらは、本当に開催者の思うツボだよな。ナルトしかり、シカマルしかり、無駄に他里と仲良くなりやがって。」
「シカマルが一人で大人の階段登ろうとしてんだぜ?興味ねぇの?」
「友達の恋路とか…本当はあまり首つっこみたくないっす」
「犬塚…これは綱手様のため、つまりは里のためなんだ。やれるな?」

 ライドウが有無を言わさぬ表情でキバの肩に手を置いた。そして、砂隠れの忍への交渉内容を伝えている。

「…はーい」

 しぶしぶと言った体(てい)で、キバは後ろに控えていた砂隠れのメンバーの元に駆け寄っていく。たどたどしく彼なりに交渉をしているのだろう。バキとカンクロウがこちらに視線を一瞬寄越す。幾度か言葉を交わしていたが、そんなに時間を待たずに、キバを先頭に砂の二人もこちらに向かってくる。どうも相手も話に興味は持ってもらえたらしい。

「初めまして…では、無いが」

 一応こちらのメンバーの責任者としてライドウが切り出した。

「情報共有したい、と聞いたが?」
「ああ。こっちも野暮な任務やっててね。楽したくってさー」

 バキとの会話を、対外交渉の得意なゲンマが引き継ぐ。

「オレたちのは…れっきとした任務なのだが」
「同じようなもんだろ?自分の里の忍を見張れってんだからさ」
「それもそうか…いや、違う。俺らはテマリのガードでだな…」

 顔と同じぐらい頭の固いヤツらしい。ゲンマの崩した会話に対して、バキは慎重に言葉を選んでいる。

「オレらは、うちの後輩の行動が気になっててさ。あんたも自分の生徒が心配なんだろ?」
「…そうれはそうだが」
「気になるから、あの二人を見張るということで目的は一致する。」
「…ああ。テマリの身に何かあっては困る」
「アンタ、確かオレと同い年だよな。親父くさいこと言うんだなー」
「しょうがあるまい。先代様が御存命中からお子様である三人の師としての任を仰せつかっているのだ。保護者代わりのようにありたいと思っている」
「バキ心配しすぎじゃん。俺らだってもういい年だぜ?」
「しかし、テマリは嫁入り前だぞ?くだらん虫がついては困る」
「えー、干渉しすぎじゃねーの、アンタ。テマリに嫌われっぞ」

 可愛い後輩を『くだらん虫』扱いをされてはこちらも黙ってはいられない。

「おい、ウチのシカマルは、火影も認める抜きん出た頭脳派だ。あんたもテマリの担当上忍ならばあの中忍試験の本線は見てたんだろ?」
「無論見てたが、小賢しい作戦立ててただけだろう。チャクラ切れという軟弱なのがいただけん」
「まだシカマルは発展途上中っすからね?現上忍班長の親父も切れ者だし。何が不満なんですか」
「育った家の格が違う。先代風影様の忘れ形見だぞ。未だテマリは嫁入り前の身、任務であることはしょうがないが、それなりの保護をせねば」

 どこまでもこのバキという砂の忍は生真面目である。このままでは、オレ達の楽しい夜の任務を妨害されかねない。何とかして、この男をこちらの陣に騙しこんで巻き込んでしまわないと。

「聞いて驚け、俺らのシカマルはな…年上の強い女性にめっぽう弱い。アイツの親父の血が証拠だ」
「テマリが誘ってやれば、ふーらふらと血迷うこと間違いなしだぜ?」
「テマリから誘惑とか、そんなふじだらなことをするはずがない。そんな教育はしとらん。愚弄するなよ?」
「そうですかね。オレたち門番で良く二人を見かけますけど、木ノ葉にいるときのテマリだってまんざらでもなさそうっすよ?」
「そんなはずはない。テマリが他里の中忍風情と…」
「今日の昼の任務の様子知ってるかー?あいつらの懇ろな様子」
「…テマリは弟が二人いるからな。異性に対する対応が気軽なのだ」
「なら、その気になっちゃうシカマルが危ねぇな。なおさら気になるだろー?」
「……」

 微妙な闘争心が書き立てられている俺らから離れて、いつのまにやらキバとカンクロウは傍観者のように冷ややかな目でこちらを見ていた。対戦状況が1対多勢になっている状況で、バキはむぅと呻くように喉を鳴らす。もうちょいだ。

「俺らはな、旧館のシカマルたちの真上の部屋に陣取ってる。共同戦線といかないか?」



 

「しもべたちの共同戦線」 
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