王子さまとお姫さま



 冬の空は澄んだ青さが心地よい。出張任務が終わったのもあいまって心が解放されていくようだ。一緒に任務を終えたサリも弾んだ足取りで人の多い通りをきょろきょろ周りを見渡しながらゆっくりと進む。
 ああ、なんてキラキラしているんだろう。大通りに並ぶ露天には色とりどりの売り物が並んでいる。衣類や装飾品はもちろん、食べ物でさえ目に鮮やかな物が多い。砂隠れは里内で販売される食物も衣類も、砂地の風土のせいでもっと地味で画一的な色味のものが多いのだ。

「ね、ね。マツリちゃん、あれ、何だろーね!」

 サリが指さした露天には色とりどりの瓶が並べられていた。輝きに吸い寄せられるように行き来する人を掻き分けて進む。色鮮やかな瓶たちは、炭酸水に色を付けた飲み物のようだった。そういえば「サイダー」とやらを前にテマリさまが木ノ葉土産にもって帰ってことがあったのを思い出す。

「どうするー?」
「買うでしょ!」

 街全体が湯煙で煙っているせいか、寒い季節のはずなのにこの街はそこはかとなく温かい。氷の中に埋められている冷えた瓶が目に入った途端、財布に手が伸びた。氷をかき分けて取り出された瓶はギンギンに冷たい。しゅわしゅわとした炭酸が喉に流し込むと任務の疲れも吹き飛ぶようだった。

「さぁて、満喫したろーじゃない!」
「うんうん!我愛羅さまからもオーケーもらってるしね!」

 そうなのだ。ほとんどの出張任務の場合、任務が完了すればとんぼ返りで帰路に付くのが通常だった。砂隠れは分かりやすい人手不足なので、こんな新任中忍と下忍のくノ一でさえ、休日取得も思い通りにはならない。
 それが今回は違った。この任務を直々に任命してきた風影の…我愛羅さまが、半日の休暇を特別にプレゼントしてくれた。さらには、高級な旅館まで手配してくださったのだ。最近はずっと働き詰めだった自分達に労いの言葉と一緒に。
 日に日に風影らしい大人びた表情をする我愛羅さまの極上のふわりとした笑顔を思い出して、頬が緩む。それは隣りにいるサリも同じだったようで、サイダーに口づけながら頬を僅かに上気させていた。

「あーほんっと、デートで来たかったなぁ」
「私で悪かったわねぇ」
「いやぁ、そんな意味じゃなくって。こんな楽しいお祭ならマツリちゃんも恋人と来てみたいでしょ?」
「そりゃそうだけど…私もだけど、あんたも付き合ってる相手いないじゃん」
「それは言わなーい!」

 二つ年下の彼女はいつも夢見がちなところがある。まあ、可愛らしいし、自分も彼女もいわゆる好きな人というのが存在しないのだから恋愛ごとに夢見てしまうのはしょうがない。

「もし、もしもよ?!我愛羅さまが恋人だったとして、このお祭に二人で旅行に来たとするじゃん。どうよ?」
「いやー、ムリムリ!そんな贅沢、想像できないよー」
「だからぁ、もしもの妄想だってば!もしそうなら二人で何したい?」
「縁日かあ…じゃ、まずさ、手をつなぐよね」
「きゃー、だよね!ぐいっとあたりまえのように引っ張ってもらうとか。」
「我愛羅さまだよ?…ちょっと頬を赤らめて、そんでもしっかりリードしてくれるの!」
「いやー想像するとたまんないっ。我愛羅さまのお育ちなら、きっとお姫様扱い慣れてそうだよねぇぇ!」
「…確かに。嫌味なく浮くことなくナチュラルに女性扱い上手そうだわ」

 私もサリも我愛羅さまを心から敬愛していて大好きなのだ。手の届かない、けれども身近な大切な人。ちゃんと区別はついているけれども、こんな異国でお祭の最中なのだから、ちょっと普段よりも夢を見ても良いじゃないか。

「我愛羅さまだったら…本当に白馬の王子様で良いと思うの!」
「おうじさまって…アンタ本当に夢見すぎじゃないの!?」

 でも、もし、本当にそんな相手がいて手をつないで街を歩けたらどんなに幸せだろう?周りで時にぶつかりそうになる人たちの中には恋人と一緒に来ている人もたくさんいて、少し自分と置き換えて想像してみたりする。
 賑やかな街、露天の売り子の声、幸せそうな人たち、遠くに聞こえる祭囃子、手を繋いで走る――それは、忽然と、疾風のように駆け抜けた。

「!」
「きゃあ!」

 手を引き駆ける王子さまとお姫さまは、周りの空気からキラキラしているようで、まるで舞台の一幕のように見えた。

「見た!?」
「みたみた!」
「テマリさま!?」

 感動的な一幕を見せつけてくれた王子さまとお姫さまは、あっという間に自分達の前を通り過ぎ、今は人ごみの中に消えている。見ている自分達が時めきを覚えてしまった一瞬。
 ただ一つ私たちの理想とは異なることがあるとすると、手を引かれていたのが王子さまの方だったということだろうか。いや違う、手を引いていた方が王子さまなのだ。

「テマリさま…すてき…!」
「相手はだれぇ?」
「あれ、木ノ葉の人じゃなかった!?」
「まじで!?流石はテマリさま、やるぅ!」
「いや、まずいっしょ。風影の姉が他里の忍と…旅先で逢瀬?」
「…え、それもトキメクじゃん。壁があるからこそ燃え上がる恋心って!」
「言われてみると…たまらないかも〜」
「これ、でも、秘密なんだろうね?」
「そうだよねえ。でも、あのテマリさまが公衆の面前で男の人と手をつなぐなんて…」

 砂隠れの演習での、指導役として大勢の中忍・下忍に一人できびきび指示を出すテマリさまを思い出す。普段は厳しいテマリさまだけれど、休憩時間などにはふとした瞬間に優しい笑顔をする。我愛羅さまにも似通った、その貴重な笑顔は、砂隠れの里の中忍以下の人間ならば全員知っているように思う。テマリさまは砂隠れのくノ一たちの目標であり、憧れの女性なのだ。それを、あの他里の男が手にいれたというのだろうか?

「任務中、じゃあないよねー?」
「任務じゃないでしょ。あんな堂々と日中の道で。しかも浴衣着てたじゃん?」
「そうだよねぇ、でもあのテマリさまが…」
「…あれ?もしかしてなんだけど。私たちのとテマリさまたちの浴衣ってさ、同じじゃない?」
「……ほんとだ。同じ旅館ってことよね?」
「こんな観光の街で、たっくさん旅館あるのに…同じなのって不思議じゃない?」

 こちらもひよっこながらくノ一だ。一瞬で走り去った二人の姿は記憶にしっかり焼き付けてあった。あまりのことに気が回らなかったが、記憶の細部に気を巡らせると改めて気づかされる。そして、なぜか脳に突如蘇る我愛羅さまの声。

『任務が終わったら温泉宿でゆっくりすると良い。そうだな…任務はもちろんだが、街の様子など、何か気になることがあれば報告してくれ。』

 あの時は風影直々の出張任務の任命に浮かれて、細かい話などはあまり頭に入ってきていなかったのだ。手元にあるのは我愛羅さま直筆の旅館への紹介状だった。湯祭りのこの時期に急な宿の確保は大変だったと、任務の詳細を伝えてくれた特別上忍から伝え聞いている。

「…もしかして、我愛羅さまって、さ…」
「……シスコンだったりして?」
「――そんな我愛羅さま…かわいーい!」

 我愛羅さまのファンであることを公言している私たちの意見は一致した。こうなると、憧れの我愛羅さまにテマリさま。自分達はどちらに忠義を立てればいいのかが問題だった。




「王子さまとお姫様」 
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