にぎやか食卓


「すっげーだろ。ここが食事する部屋な」
「こっからは旅館全体の庭が見下ろせるんだぜ!良い気分〜」
「へぇ、昼はさぞかし眺めがいいんだろうなあ。」

 案内された迎賓館の貴賓室とやらは、雲隠れの忍たちがさんざん自慢してきただけあって、壁や襖、調度品の金具一つからも贅を尽くしたことが感じられる。すげえな、とは思うものの羨ましいとは思えない。こんだけだだっ広い部屋じゃあ落ち着かない。そう考えると、自分達にあてがわれた旧館の部屋というのは、自分にぴったりだということに気づかされる。ほどよく狭く、廊下やら畳の臭いが「いかにも」な旅館くささがあって落ち着けるのだ。
 広い部屋の真ん中で雑談をしていると、控え目に扉をノックする音と入室を告げる女将の声がした。

「やった、めしっ!飯!」
「静かにしろよ…」

 テマリは、ほとほと疲れた様子でカルイを咎める。騒がしいやりとりを気にするでもなく、女将を先頭に仲居さんが2名ほど膳を運んできている。見目鮮やかな前菜と一緒に運ばれた、切り子のグラスに目を見張る。

「おー。いい生酒じゃーん」
「お前ら未成年だろ?」
「は?雷の国じゃあ酒は15からOKなんだぜ?」

 雲隠れならそのルールも納得がいく。仲居さんにお願いして、テマリと自分はアルコールを取りやめてもらう。
 前菜を食べ終える絶妙なタイミングで次の銀杏と百合根の椀物が運ばれてきた。そして椀物に続くお造りには、噂に聞いていた湯隠れの名物「湯ダコ」が添えられている。
 
「じゃ、約束通りこの新鮮な湯ダコはお前らにやろうじゃねーか。ありがたく食えよ」
「嬉しいだろー。二人分食えるな」
「へーへー。ありがとさん」

 自分たちの皿から、オモイとカルイはそれぞれ向かいに座る自分とテマリに湯タコの部分だけ寄越して来る。オレはされるがままにしていたのだが、テマリは素早く自分の皿を避けてしまう。

「私は別にいい」
「遠慮するなってぇ。テマリ、別に小食じゃないんだろ?」
「自分の分で十分だ」
「こんなちょびっと二切れしかないんだぜ!?しっかり堪能すればいいじゃねーか」
「しつこいなあ。そうだ、シカマルにやってくれ。育ち盛りだから」
「シカマルはオモイの分もあんだろ……なんだ、お前、ウチのあげる飯が食えねーってか?」
「恩着せがましいなぁ。いらんと言っているだろ!?」

 意固地になったように、テマリは断固としてカルイを拒否している。彼女のこんな姿は珍しい。

「…おい、あんたさっきから苛立ちすぎじゃねーか。疲れてんのか?」

 まるで追い詰められた野良猫のように視線を険しくする彼女に、雲隠れの二人には聞こえない音量で声をかける。こちらに視線を移したテマリは、今度はむくれるように口元をへの字にしている。物言いたげなその瞳。

「まさか…あんた、タコ嫌いなのか?」
「――そんなこと、ない」

 口にした自分でもまさかとは思っていたが、予想外にもテマリの視線がぶれる。これは図星なのかもしれない。

「あーれぇ、テマリちゃん、まさかタコが食えねーのぉ?」
「えー意外だぜ。砂隠れの上忍なのに弱点はタコとか」

 尻馬に乗って二人がテマリに追い打ちをかけて来る。対してテマリは、ぎりりと音がしそうな視線を無言で返す――これは、いよいよガチなのかもしれない。

「…まさか。馬鹿にするな?」

 箸を掴む右手に異様に力が籠っているのが見えるが、本人は気づいていなさそうだ。

「じゃあ、テマリちゃんの大好きなタコさんですよー。あーん!」
「………。」

 その口から拳ひとつほどの距離、カルイの箸につままれたぷりぷりしたタコの刺身が揺れる。テマリの視線はまるで、相手を射殺すかのようだ。この状況でこの人の性格ならば…後に引けなくなっているのだろう。

「無理すんな。やめとけって」

 無理矢理その怒らせた肩を掴み、こちらを向かせる。憮然とした顔で上目使いにこちらを睨みつけて来る。もう、口を開く余裕もないのかもしれない。

「やっぱりぃ、テマリはタコ食えねーんだな!だっせぇ」
「――――!」

 テマリは掴んでいた箸を勢いよく振り上げる。カルイに投げつけてしまうのかと思わず手を伸ばした。しかし、テマリは持ち上げた箸で自分の皿のタコをまるで串刺しのように貫き、ばしゃりと醤油にひたしたかと思いきや、噛みつくように口に入れた。

「おいっ、あんた――」

 口に詰め込んだはいいものの咀嚼はできないらしい。口を一文字に噤んだまま微動だにしない。横顔の瞳が気のせいか潤んでいるようにも見える。

「テマリっちゃん、無理するなよ…?」
「そーだぜ、ほれ、ティッシュに出しちまえって…」

 からかっていたカルイとオモイもまさかテマリが本当にタコが嫌いだとは思っていなかったのかもしれない。さらにこの人の追い詰められた時に取る行動も予想外だったのだろう。先と異なり、見守る三人の方がおどおどしている状況で、テマリは目の端に明らかに涙を溜めたまま、ゆっくりむぐむぐと口を動かし口内の物を飲み込んだ。そのまま脇にあった茶に手を伸ばし、一息に飲み干す。

「――タコぐらい、食える」

 目に力を込めて正面の二人に宣言する。明らかにぼろぼろの状態で、今度はオレに顔を向けて睨み付けてくる。威圧感を与えたいのだろうが…目に涙を溜めて上目使いでやられては…無駄に可愛らしいだけだ。
 応えのない3人を見て、示す行動が足りないと思ったのか、再びテマリは自分の箸を掴みあげ、次のタコへと手を伸ばす――。

「もーやめとけ」

 僅かに震えているらしいテマリの右手を掴み、握りこんだその手を両手を使って外してやる。彼女もさきほどの一撃は相当辛かったらしく、成すがままに箸を手放した。

「テマリ、ウチらが悪かった。からかいすぎた、な?」
「まさか…そこまで嫌だとは思ってなかたんだ。ごめん。」
「飯は美味いと思えるものだけ食べればいいだろ。これは俺が食うぜ」

 また変な流れにならないように、寄せられたタコの刺身を食いつぶしていく。新鮮なタコはぷりぷりとして美味い。4人分ってのが大変だが、一人分の量が少ないのが幸いだ。

「…こんなもの、人間の食べ物じゃない…」

 テマリはタコを胃袋に詰めていく自分をまるでゲテモノを食べているかのような視線で見て来る。いじっぱりな彼女のためだというのに。しかし怯えるような彼女を見るのは、珍しさもあってやけに愉快にも思えた。

「どーすんだよ?この今日のメニュー表だと、あと、油物、煮物、和え物で出てくるぜ?」
「シカマル、行ける?」
「…いや、全部は無理だろ」
「世の中からタコなんて消え失せてしまえばいい」



「にぎやか食卓」 
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