プレゼント

 
 任務のスタート時には真上にあった太陽がずいぶんと傾いていた。夕食の刻限が近づき、街の露天から漂うのは、香ばしい食材のものが増えてきたようだ。買ったばかりの甘酒をゆっくり味わいながら、次は何を食べようかと視線を巡らす。

「あー、あれも美味そうだな…味噌焼きの餅」
「旅館の夕飯のことを忘れんなよ?」
「分かってるさ。でも、旅先で食べ物で我慢するのは嫌だ」
「あのな、人間の胃袋には許容量があるだろーが?」
「まだまだ任務で動くだろ?それに食事前にひとっ風呂浴びるし。胃袋は空けてやればいいよ」
「そーっすか…」
「大丈夫、お前の分も買ってやるからさ」

 憮然とするシカマルは無視して露天を物色を続ける。何やら店主と会話しているミツバは常に目の片隅に入れていた。あいつの行動の傾向はだいたいつかめてきているのだ。こちらも物陰に隠れることなく、堂々と動いていて問題ないことも分かってきた。

「あ、ちょっとアレ見て来ていいか?」
「――ああ、こっちはアイツ見張っとく」

 シカマルにはミツバとの距離を保った位置に残ってもらい、隣りの露天に向かう。繊細な木目細工の箱が販売されているので手に取ってみる。このような工芸物はカンクロウがよく欲しがるのだ。細工箱は木組みを少しずらすと展開していく作りのようだった。片手の甘酒を零さないようにゆっくり片手を回しながら細かい細工に見入っていると、後ろから声をかけられた。

「お。お姉さん温泉街初めてでしょ?切子細工気に行った?」

 土地の民芸品を手に取っているせいか、外の人間と判断されたらしい。振り返ると同世代ぐらいの男がいる。

「――いや、上の弟が細工物が大好きでさ。あんたこの店の人?」
「この店じゃないけど…この通りの商店がオレん家。良かったら街の案内するぜ?」
「ああ、なるほど。稼ぎ時で大変だね」

 羽織の粋な着こなしを見るに、羽振りの良い店の若旦那なのかもしれない。街のことは住人に聞くのが一番だろう、これはちょうど良い。

「なあ、お勧めの食い物とかあるか?」
「食べ物…か、あるよ。ところで、それ買うんだ?」
「んー…今は荷物になるからな。明日にも寄ろうかな…」
「細工物はすべて職人の手づくりの1点物なんだぜ?気にいったものがあったら、その場で買わないと」
「さすが、商売人は上手いね。そっか…」

 希少性を説かれてしまうと、手に入れたくなるのは人間の性かもしれない。最初に目に入ってから気になっていた小箱をもう一度手に取る。

「――良かったら、プレゼントするよ?」
「は?なんでさ?」
「いや、せっかく気に入ったんだろ?この街に来てくれた印にさ。」
「そんな、初対面なんだし悪いよ」
「そんなこと言わずに、さ。君が喜んでくれるなら、こっちも嬉しいし」
「いや、困る」

 何故かしつこく食い下がってくるが、商売人は会話に嫌味がなくて上手いもんだ、なんて関心していると、考える間もない速さで片手に収めていた木箱を取り上げた。そのまま本当に買い上げてしまいそうだったので、慌てて男の羽織を掴んで進行を止める。振り返る男に停止の声をかけようと口を開くと、別の声が割り込んできた。

「これ、オレが買うんで」
「え?」
「あ、シカマル」

 唐突に姿を現したシカマルは、有無を言わさず男の手にあった箱細工を取り上げて、そのまま店主に会計を済ませている。まだ購入の決心はついていなかったのだが、何故かシカマルに買い取られてしまった。

「ああ!もしかして細工物好きの弟くん?」
「いや、こいつは違うよ。こいつは下の弟と同い歳で――まあ、弟みたいなもんだ。今日は一緒に…」
「アンタ、のんびりしすぎだぜ。」
「ごめん。待たせすぎたな」

 少しだけのはずが戻りが遅いせいで、珍しくシカマルは冷淡に苛立っている。任務に戻るよう、視線をわざとらしくミツバのいる店の方向へ目配せして来る。

「若旦那も、せっかく誘ってくれたのに…ちょっとお使い中でさ」
「いや、弟?くん待たせてたのに引き留めてしまって、ごめん」

 シカマルの登場で、厚意で案内を買って出てくれた男にやけに気を遣わせてしまったらしい。任務であることを伝える訳にもいかず、心底申し訳ない気分になって再度頭を下げる。

「じゃあ、行くんで。ありがとう」
「急げって」

 挨拶を遮るように、シカマルから木箱の入った袋を無造作に手渡される。会話中にずいぶんと冷めてしまっていた甘酒も奪い取られ、そのまま空いた手を引っ掴まれて任務に強制送還だ。振り返ると、手を振る若旦那の表情が憐みを含んだ様子だったのはなぜだろう。

「おい、その甘酒冷めてるぞ。新しいのを買った方が…」

 先からずっと目を合わせようとしないシカマルを覗き込む。

「…喉がかわいてた」
「喉を潤さんだろ、これは?」
「……ったく、めんどくせー…。そもそも、こんなもん片手にずっと持ってるから動きが鈍るんだろ。アンタ、ちょっと浮かれすぎじゃねーか?普段よりも行動に隙がありすぎだ」

 本当にシカマルの逆鱗に触れてしまったのかもしれない。普段はぼんやりとしているが、任務中は冷静沈着で、論理的にしか動かない男が苛ついているようだ。そして、任務中に珍しい食べ物や民芸品に現を抜かしていた自分に非があるのは確かだった。

「ごめん。ちょっと…珍しい細工だったから見入ってしまってさ。これ、ありがとう。買おうか悩んでたんだが…買ってくれて思いきりがついたよ」
「――なら、良かったぜ」
「うん、カンクロウが喜ぶ。本当に、ありがとうな」
「………」

 礼を述べると、シカマルから苛立ちは消えていたが、呆気に取られたような微妙な顔をしていた。


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