プレゼント その2

 
 日が次第に落ちてきているのに、往来はますます混雑を増しているように感じた。長く観光地として栄えてきたこの里は、夜遅くまでこの商店や露天が営業しているのだ。
 古書店に入り、いっちょまえに今回のお使いのための聞き取りをしているミツバは長らく店を出る気配がない。少し目を外している内に唐突な動きをすることが多々ある小僧なので、一定の距離以上は離れない位置に陣取る。

(それにしても、だ。)

 今日はずっと一緒に任務をしているテマリの後姿を探す。普段は淡々と任務をこなし無駄口は限りなく少ない彼女が、片手で甘酒の椀を持ったまま民芸品店の商品に見入っている。この任務がスタートしてからのテマリは、通常の任務時と比べてやたら楽しそうだ。
 何やら手に取ったものを吟味しているようなので、本当に気に入っているのかもしれない。普段は食欲の主張はしても物欲の感じ取れないテマリも、普通の女のように欲しいものがあるのだろうか。あの彼女の興味対象がどのようなものなのかは予想もつかないので、知りたくはある。

(……あ?)

 男児の位置を目の端に収めながら彼女を見守っていると、その背後から声をかける男がいた。町人らしきその男…テマリと同じぐらいか、少し上ぐらいの年齢のようだ。見てくれは柔和そうで、軟派な様子ではない。町の人間が観光客に声をかけるとなると宿や食事の営業活動かもしれないが、けれどもあのテマリに対して声をかけるところを見ると、相当に慣れている輩なのかもしれない。
 しかし、普段の忍服であれば決して軟派な誘いはしづらい女のはずだが…あの浴衣のせいかやけにテマリが無防備に見える。額宛も今は外してある。いつもの無表情で会話を続けるテマリに対し、男の方は嫌味の無い穏やかな笑顔だ。テマリも相手をあしらうこと無く、何やら説明を受けているのかもう一度木箱に視線を戻す。一瞬、淡い笑顔を零した。

(――ああ、めんどくせぇ)

 そもそも、この任務に負けたくないといったのはあの人なのだ。任務や業務中には周りの様子に気を配り、状況把握に敏感な人間のくせに、なぜ、こういう場面でからっきし鈍感なのだか――いいかげん任務に戻ってもらうために二人に近づく。

「これ、オレが買いますんで」

 苛立ちのままに、見知らぬ男の手にあった木箱を掠め取り、さっさと会計を済ませてしまう。突然の自分の登場に男は驚いているようだったが、そのようなことは自分には関係ない。

「ああ!もしかして細工物好きの弟くん?」
「はは。こいつは違うよ。こいつは下の弟と同い歳で――まあ、弟みたいなもんだ」

 何故に初めて会った男に親族の話をしているのか理解しかねる。そして自分との関係を話してやる必要も無いはずだった。そもそも「弟みたいなもん」という説明はいったい何なんだ。血がつながっていないのに弟というのが男をなめている。
 
「急げって」

 腹立たしいので、彼女のことを見ることなく注意だけ伝える。購入した袋を有無を言わさず手渡し、甘酒を奪い取り、空いた手を引っ掴む。そのままこの人を繋ぎ止めたまま人並みをかき分ける。
 傍から見たら普通の観光客の男女…自分たちは、一体どのように目に映るのだろうか?むしゃくしゃしていたので、奪った甘酒をぐびぐび飲み干す。生姜が効いていて美味しいが、甘ったるくて喉が焼けるようだった。無言でテマリがこちらを覗き込んで来るので、思わず目を逸らす。

「おい、その甘酒冷めてるぞ。新しいのを買った方が…」
「…悪ぃ、喉がかわいてた」
「喉を潤さんだろ、これは?」
「……ったく、めんどくせー…。そもそも、こんなもん片手にずっと持ってるから動きが鈍るんだろ。アンタ、ちょっと浮かれすぎじゃねーか?普段よりも行動に隙がありすぎる」

 自分でも珍しいほどにテマリに不満をぶつけてしまった。この人は、どこまで人の感情に対して鈍いのだろう。

「ごめん。いや、ちょっと…珍しい細工だったから見入ってしまってさ。これ、ありがとう。買おうか悩んでたんだが…買ってくれて思いきりがついたよ」
「――なら、良かったぜ」
「うん、カンクロウが喜ぶ。本当に、ありがとうな」
「………」

 想定外の内容に返す言葉を失った。彼女が欲しいものかと思っていたので、あの男の慣れた対応にも苛立ちが倍増していたのに、結局は弟の土産か。

「……あんまり、のんびりしすぎるなよ」

 なんだか先ほどの自分自身の感情的な行動が居た堪れなくなってしまい、ミツバを監視するように装って彼女から目を逸らす。横に並びの位置から視線だけをこちらに向けていたテマリが、再び覗き込んで来る。自分の後ろ暗い下心を読み取られてしまったかのようで、僅かに目を逸らす。いつも、彼女の瞳は耐え難い力を持っているのだ。

「やっぱり、怒ってる?」

 今度はさらに近くから、首を傾げるように上目使いで覗き込んでくる。近い。この人はあまり考えなしに対人の距離を狭めることがあるから困る。

「ごめん、な?」

 意図があるのか無いのか分からない笑顔。鈍いからこそ、本当に面倒くさい。自分が掴んでいたはずの手だったのに、逆に指を絡めてにぎにぎとするのも勘弁して欲しい。

「見張りばかりで神経使ってるんだろ?甘いもの、食べるといいよ」

 おもむろに、袂にしまわれていた温泉饅頭の袋を取り出す。癖なのか、取り出した一口大の饅頭を手渡すのではなく、またこちらに突き出して来る。先のような失態は演じることなくぱくりと口で受け取る。饅頭はもう冷めてしまっていたが、控え目な甘味が口に広がる。
 先の甘酒の焼けるような甘さとは違い、じわりと優しく甘かった。
 



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