戦線混乱中


「ひろーい!」
「すごーい!」

 案内された部屋は、正面の壁に大きな窓が設えてあった。硝子の向こうに広がるのは旅館の広い庭園だ。自分達の案内されたのは、この広い旅館の中でも一番上級な建物だ。「迎賓館」と書いてあったこの建物の部屋は、限られた立場の人間しか予約も取れないらしい。

「我愛羅さま、ふとっぱらぁ!」
「すごいよねえ、こんな部屋を緊急で予約できちゃうんだもん。」
「だって風影だよぉ?力あるにきまってるじゃん」

 部屋には複数の部屋がある。この夕方からたかだか一泊しかしないので、何だかとてももったいない気分になるのは、自分が庶民だからだろう。結局、一番窓の大きな部屋に荷物を置いて、お茶を飲みながら少し寛ぐ。他の部屋は使わずに、二人でずっとこの部屋にいることになるだろう。

「ねぇ、さっきの予想が当たったとして…テマリさまもこの館にいるのかな?」
「そんな気配ないのよねー。まぁ、まさか隣り部屋とかは無いよね」

 気になってはいた事柄だが、この豪奢な部屋にいるとすべてがどうでも良いように思えてくる。めったにない非日常に浮かれてしまうのはどうしようもない。まあ、任務では無いのだから、まずはゆっくり体を休めて考えればいいか。

「さーてぇ、ご飯前に温泉いこーよ!」
「よっし、一回目の入浴行きますかぁ!」

 重厚な造りの扉の鍵を閉め、廊下に飛び出す。防音がしっかりされているようで、広い廊下は人影も見えずに静かだった。そもそも一部屋に対して広い間取りなのもあって、この二階建ての迎賓館には部屋は5部屋しかないらしいが。

「あ、そうだ、折角だから少しお庭散歩したいな」
「いいねー。」
 
 夕日が沈む頃合いの庭は、綺麗に剪定された針葉樹の木々の間から降り注ぐ光が美しい。緑で溢れる庭ときたら、砂隠れの人間にとっては珍しいものばかりだ。草花はもちろん、大小の木々に芝生やら苔やら…飽きることがない。
 ところが、植物を眺めながらゆっくり芝生の部分を抜けている時だった。うろうろと大きな身体を屈めるようにして物陰を動く不審者がいる。

「何あれ、怪しい」
「うん、分かりやすくおかしいね…」
「あ」
「え!バキ先生じゃん」
「えー…バキ先生?」

 こちらの声に気づいてか、何事も無かったように振り返ったのは、予想通りの砂隠れの上忍だった。けれどいつもとは確実に違うのは頭に巻いてある砂避けの布が無く、彼の本来の頭部が見えていることだろう。

「――おお、お前らか。任務で来ているんだったな。」
「初めて見た」
「ええ!バキ先生、布無しだとイケてるじゃないですかぁ!」
「…大人をおちょくるな。一般人の多い観光地なりの配慮だ」
「でも、旅館でその服では目立つと思います」
「いや、…これじゃないと落ち着かないんでな…」
「えー、この里ではほとんどの人が浴衣じゃないですかぁ!?おかしいよ」

 一般人への配慮などと言う割には、来ている衣類はいつもの砂隠れの忍服のままで、辛うじてベストの肩当だけは外されていた。……そういえば、当たり前のように自分達の登場を受け入れていたが、つまりバキ先生は私たちがここにいることは把握していたということか。

「先生……一応聞きたいんですけど、何しに来てるんですか?おひとりですか?」

 このバキは、砂隠れの里の実動部隊のトップにいる上忍だ。先代風影の信頼もあり、現風影である3姉弟の担当上忍として一番近くにいた。特に風使いのテマリにとっては師匠にあたるはずだ。その里の重要人物が、何故こんな祭中の里まで来ているのだろうか。

「――大人の事情ってやつだ。」

 鍛えられた巨漢にもかかわらず、立場上の苦労人。かなりの心配性で、元々の性格が生真面目なせいで、嘘をつけない人物でもある。彼にとっては、まだまだ生徒の小娘になる自分達の質問攻めに、気まずそうに目を逸らした。そのまま、また背を丸めるように茂みの向こうへと消えようとする。

「こそこそと怪しいですよ。まさか…テマリ様を探してるんですか?」
「――いや、単なる護衛任務だ。」
「嘘だぁ、先生、バレバレですよぉ。やっぱり、我愛羅さまがかんでるんですか?」
「テマリ様、木ノ葉の人とこの宿に泊まるんですよね?」
「…前ら、何を知ってるんだ」
「私たちだって、くノ一ですから!」

 矢継ぎ早に攻め立てるとバキの表情が変わってくる。この先生は、昔から女のきゃっきゃっとした質問を苦手としていた。

「――もういい、行け」
「教えて下さいよぉ、私たち女だからお役に立てるかもしれませんよ?」
「……いや、いい。お前らがいることで混乱しそうだ。大人しく風呂でも入ってろ」

 しっしっ、と手で野良犬を振り払うような仕草を見せる。自分達が未熟な忍であることは身をもって理解しているが、あまりのあしらい方にこちらもカチンときた。

「――そんなこと言って、先生、テマリ様をストーキングするんでしょ」
「いやぁ、気持ちわるーい」
「先生、あまりに弟子に執着するのは良くないですよ」
「うんうん、嫌われちゃいますよ」

 背後から、弟子への心配が行き過ぎているバキを責めたてるように言葉を連ねる。やはり身に覚えがあったらしく、バキは大きな図体をさらに縮こまらせてすごすごと草陰に逃げようとしている。上忍の背中に哀愁を感じてしまい、何かフォローをしようと考えていたら、背後から新しい声が加わった。

「おーう。働いてっか?」

 振り返ると、さらに見慣れた顔があった。こちらはちゃんと浴衣を着こなし、いつもの顔の模様も消えている。

「カンクロウさま!?休日期間じゃなかったですっけ?」
「…そうなんだけどよ。ちょっとリフレッシュも兼ねての野暮用じゃん」
「やっぱり、テマリ様ですか!?」
「…なんだ、バレてんのか?前もって暗部に調べさせてちゃんと大名が確保していた本館と迎賓館に陣地取ったってのに、事故のせいで…テマリたちの部屋が分からなくなったじゃん」
「そんなに根回ししてんですかー?」
「おう、里長自ら采配を振ってるじゃん。俺らは軌道修正しながらあいつらの追跡中だ」

 人手不足で休みも自由に取れない砂隠れの里のはずなのだが、存外余裕があるのだろうか。中枢部の上忍を二人も姉の護衛に当ててるなんて。それほどに我愛羅が姉を思っているのかもしれないが。

「にしても、何か…不穏な動きがあるみたいだ」
「え…何ですか?」
「先から、この旅館に他里の忍の気配がある…面倒じゃん。」
「こうなったら、やっぱりお前らも協力しろ」
「えぇ?」

 足手まといになりそうな自分達を端から拒否していたくせに、バキは手のひらを返すように自分達を囲い込んで来る。

「やってくれるよな?」
「えー嫌ですよぉ、そんな人のプライベートを監視するようなことー」
「先生は邪魔する気でしょ?私たちはテマリさま応援したいですもん」
「馬鹿者。里の未来に関わる人間関係なんだ。若い二人に間違いが起こってはならん。やれ」
「先生年寄くさいなぁ。だってやっぱり憧れますー。里を違いを超えたラブロマンス!見ていて感動しちゃいますもん」
「だよねぇー!」
「お前ら昼にテマリたちに遭遇してんのか?オレ達一時見失ってたからな…」
「待て、お前ら何に感動したんだ?…あの小僧、往来でテマリに破廉恥なことを!?」
「破廉恥なことなんてしてないですよ!」
「そうそう。結婚式場から花嫁を奪って逃げるカップルみたいに手をつないで駆け抜けていっただけですっ!」
 



「戦線混乱中」 
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