しもべたち 1
「綱手さまのためならえーんやこら!」
「よーし、発動させるぞ」
瓦の上に張り付けた起爆札に、イズモは簡易結界の中から発破をかける。最小限の威力で爆発した札は、屋根の瓦を砕き、雨避けの銅版を突き抜け、屋根の構造である木目まで達している。
「お、ちょっと威力が足りなかったかな」
「もういっちょ!」
同じ場所に起爆札を置き発破をかける。今度こそ木目も貫通し、覗きこめば旅館の部屋からうっすらと光が届いて来る。その上から、使用済みの小さな砲弾を落とし入れた。
「よしっ、任務完了!」
「望月荘さん、すんませんです!これも任務なんで」
コテツは空いた穴に向けて心はあまり込められてはいない謝罪の言葉を呟く。任務とはいえ老舗旅館の屋根を器物破損したのは確かなので、二人して両手を合わせて頭を垂れた。爆破音を聞きつけたのか、旅館内から人の走る音が近づいて来た。屋根上の状況などすぐに見えないだろうが、慌てて庭園に降り立ち、木々の間を縫うように自分達の確保した旧館の部屋へとひた走る。
* * *
「ちょろい任務だねー」
「まったくだぜ」
屋根での任務のためにわざわざ着替えていた忍服を脱ぎ、旅館の浴衣へと腕を通す。額宛を取ってしまうと、とことん寛いだ気分になってしまう。まずは一服…と机に着き、熱い茶をすすりながら茶菓子など食べていれば、それこそ観光気分は嫌でも盛り上がってくるというもの。
ほけっとしながら二階の窓からの風景を眺めていると、がらりと襖が開かれる。雷の国の任務を終えたはずのライドウとゲンマが部屋に入ってきた。
「あ、おつかれ様でーす」
「おう、任務の状況はどうだ?」
「さくっと完了してますよ」
「じゃあ、オレ達は第二段任務に行ってくるぜ」
「到着早々にお疲れっす。大名の任務の妨害でしたっけ?」
「そうそう。シカマルたちにはそれとなく負けてもらってくるんで」
連続の任務のはずだが、ゲンマは疲れを感じさせない笑顔を返す。いや、この人たちは綱手が気まぐれに巻きこんできた任務がそれなりに楽しいのだろう。
「あ、ライドウさんとゲンマさんも浴衣ありますけど。忍服のまま行くんですか?」
「大それた任務じゃねーからな。人ごみに紛れられる浴衣にするか」
「そうだな。お、サンキュー。あーこれ着ると温泉来たって感じだなー」
早速二人も揃いの浴衣に着替え始める。一瞬で浴衣を着こんだライドウは、腕に隠した暗器をチェックしていた。顔つきは普段の任務前の真剣なものではあるが、着こんだ衣類は旅情あふれる浴衣なのである。そのギャップも相俟って、ずっと腹に溜めていたことがコテツの口をついて出た。
「ライドウ先輩、これは…何の任務なんでしょうねぇ…?」
「シカマルたちを狭い旧館の一部屋に宿泊させる任務だろうが。」
「いや、そうでなく…こんな忙しい時期で、明日も別任務が待ってるってのに。上忍二人も巻き込んだこの任務は何なんだろーと。」
「は?綱手さまのお楽しみに決まってるだろーが?いつものことだろ」
「はぁ…そうなんですけど」
地位に見合った能力・人格も備わっている上忍達は、なんでこのような状況でも達観しているのだろう。未だ中忍にすぎない自分達には理解ができない。
「コテツ、あまり深く考えんなって。忍っちゅーのはそういうもんなの。理不尽な組織体系の中で下っ端の兵隊は理不尽だろうが黙って働くもんなの」
「――ゲンマさん、ドMっすか?」
「黙れ。M性が皆無なヤツが木ノ葉で忍なんてやってねーよ。仕事は仕事と割り切って、少しの楽しみを見いだせばいいんだぜ?今回なんて楽な任務じゃねーか。せいぜい楽しんでやればいい」
「そうだ。最低ラインまで任務をこなしておけば、あとは温泉入って酒飲んで…まあ、あいつ等の一夜をそこそこつついてやりゃいい」
「そうそう、気楽にすごそうぜー」
忙しい人たちは上手く息抜きができているのか、と納得した。普段のコテツと自分は目の前に積もる仕事の山に追われて、息を継ぐ余裕すら無いように感じる時がある。ならば、自分達もこのチャンスはしっかりつかってやろうではないか。
「…じゃあ、任務がひと段落したら、今日は部屋飲みっすね!」
「この旅館、酒造所から直接取り寄せてる生酒が上手いらしいよ」
「旅館で温泉入って、奥手な後輩の恋路を肴にする酒と美味い飯…楽しいじゃねーの」
「あ、オレ、かなり盛り上がってきました」
「――おい。明日は通常任務なのを忘れんなよ。あと、遊びすぎんな。例え綱手様のお遊びの一環だろうと、俺らにとっちゃれっきとした任務だからな」
「……ライドウ先輩って、生真面目さがちょっと危険っすよね」
「お前、綱手さまの理不尽さがやりがいになってんだろー?いやあ、ライドウこそ本質的Mだぜ」
「なんだ?火影に仕えるのが木ノ葉の忍だろうが?ともかくこの任務の報告書はしっかりあるからな。綱手さまはな、面白い物語をご所望なんだよ」
すべきことを真顔で述べているが、その内容をよくよく考えると、あの二人のプライベートをスキャンダラスにお膳立てしろ、と暗に指示をしている。
「コテツ、イズモ、待機中に旅館内の動きはしっかり見逃すなよ。女将と女中頭がこの旅館のツートップだ。番頭とオーナーに力はない」
「あと、夜のこともあるから、旅館内の配置図や間取りはすみずみまでチェックして覚えておけよー。あいつらの行動を追っかるかもしれねーかんな。あ、あと、どーも他にもうろちょろしているヤツたちがいるらしーぜ?」
「へ?他にも忍が来てんですか?」
「ああ…まあ、今日は雲隠れ、砂、木ノ葉が揃って宿泊してるから、関係者もいるかもしれんのは想定内だが」
「了解です、気を配っておきます」
「観光客っぽく浴衣着て、忍んでおきまーす」
颯爽として部屋を出ていく先輩達を見送ると、ほわんと脳裏に今日のターゲットであるシカマルの顔が思い浮かんだ。クールで大人びた振舞いをする、あの出世頭の後輩が皆大好きなのだ。そして、他里の上忍くノ一のとの関係についても、定期的に持ち上がる恰好のネタである。そろそろ、化けの皮をはがしてやる時だ。