しもべたち 2


 通りを行き来するほとんどの人々が浴衣を纏い、寛いだ顔で歩いている…まるで、町中が浮足立っているようだ。とは言え、自分だちも今はもう同じ浴衣を着ているので、他人から見れば同じようなものだろうが。いや、そう見えてくれないといけない。

「あーやっぱり、郷に従うってのは大切だぜ。旅館に行くまでの忍服は目立ったもんなー」
「任務には心許ないけどな…気ぃ抜くなよ」

 シカマル達の任務概要の報告書を眺めていたライドウが、ゆっくり顔を上げる。

「ライドウ、そんな成りなんだからもそっと表情は緩めようぜー、目立つ」

 浴衣に羽織のライドウは、腕をがっちり組んだまま観光客としては険しすぎる視線を往来に向けている。カムフラージュなのか…もしかすると木ノ葉のベストの着心地が恋しいのか、旅館の手ぬぐいを首に巻きつけていた。こちらも普段の千本を口にくわえるわけにもいかず、一応髪をひっつめて変装もどきをしているのだが。

「表情は元々だ。お、シカマルたちが来んぞ」
「…あいつら、任務中って自覚あんのか?」

 大名依頼のたいそう大変な任務を遂行しているはずの対象人物たちは、露天で購入したらしい食物を口にしながら、のんびりと会話をしているようだった。

「なんか寛いでんなあ。シカマルがだるそうにしているのは普段通りだが、テマリも気ぃ緩んでるんじゃねーの」

 遠目に見るテマリは、袋を抱えるようにして温泉饅頭をぱくついていた。そして、当たり前のように次の饅頭をシカマルに咥えさせている。

「……なんだ、あいつらは」
「はは、情けねーな。もそっと里じゃぁしゃきっとしてんのに。俺らのこの任務とか必要ねぇんじゃねーの」

 女にに振り回されている様子のシカマルは、見ている分には楽しい。しばらく仲良く饅頭を分け合って食っていたが、何やらテマリが露天を指さしている。

「何だ?」
「指示出されてんなぁ」
「…あいつは下僕か。飲み物買い出しに走らされてんのかよ」
「ま、綱手様にこんな任務押し付けられているオレらも言えたもんじゃねーけどな」
「そりゃ組織だからあたりまえだろ。しかし、シカマルはあの奈良先輩の血をひいてるからな…」
「…あぁ、なるほどねぇ。こっち方面でも血は争えねーな」

 ちょいと憐みの目でシカマルを見てしまった。あの里の頭脳として誉れ高く、クールさでくノ一人気も高い上忍班長は、家庭における立場は大層低いと聞く。父親の渋く凛々しい顔を思い浮かべていると、まだ青い息子の方がサイダー瓶を片手に娘にそそくさと駆け寄っていた。

「リードされちゃって。就寝前につかまえて一度しっかり大人の大切な話しとかんとなー」
「保健体育か」
「そーそー。あいつ肝心なとこ抜けてそうだろ?準備とかしてなさそーじゃねぇ?」

 表情を読み取れるかどうかの遠い位置ではあるが、シカマルがくしゃみをしたのは見て取れた。

「保健体育の話なら、イルカにさせるに限るんだがな」
「イルカぁ?なんで」
「あいつなら、頬を染めながら懇切丁寧に雄蕊と雌蕊の話から初めるだろ」
「あーなるほど。臨時講師として連れてくるべきだったぜ。んでも、シカマルは知識だけはありそうだなー」
「実践が足りねーんだろ」
「そうそう…頭でっかちで、お?」
「走りだしたぞ」

 後輩たちをネタに楽しんでいたら唐突に二人が駆け出す。悠長に構えていた自分達を一瞬悔いたが、どうもあいつらの対象であるガキが駆け出したせいらしい。ちまちま歩いていたくせに、目を見張るスピードで男児は人ごみを掻い潜っていった。それを追跡するテマリは、シカマルの手を引っ掴みつつ巧妙なタイミングで人にぶつかることなく駆けていった。

「先に回れ!進行方向は真っ直ぐだ。オレは並走する」
「おう!」

 ライドウが人並みを読みつつ、シカマルたち方へと近づいていった。オレは露天の裏を駆け抜け、二人が進む方面の前方を目指して、商店の裏の路地をフルスピードで進んだ。運よく、路地には人の気配ないが、この姿で全速力で走ってりゃ、下手すれば盗人と間違えられてしまいそうだった。
 先ほどの頭に叩き込んだ街の地図を思い描き、4つ目の路地を再び大通りの方面へと曲がった。対象の前方と後方に陣取っておけば見失うリスクはかなり減る。人並みから二人を見つけ出そうと路地から大通りを覗いていたら、足元をぴょいと男児が駆け抜けて言った。遠くなる背中に嫌な予感を覚えて、急いで大通りの人並みに合流する。

(やばい!)

 露天裏のまばらな人通りに紛れ込んだはずが、気配を消していたせいで駆けて来る人物にぶつかってしまった。軟らかく接触したと同時に、見覚えのある見開かれた深緑とほんの刹那に視線が交差する――オレは逃げ出すように彼女らの来た方角へと駆け抜けた。

「おい、何やってんだ!」

 すぐ後ろを並走していたらしいライドウが叱責してくる。ライドウの背後で方向転換をして、再び追跡の体制に戻る。

「…悪ぃ、接触しちまった」
「はぁ?」
「あのガキ、走るの早ぇなー」

 先の間違いを二度は起こさぬように、感知の力に集中する。細い路地を抜けると今度は別の大通りだった。派手な衣装のチンドン屋の傍で、シカマルたちはとどまっている。それを見届けて、こちらも路地の間に身を隠す。

「おい、接触って大丈夫なのか?」
「一瞬テマリとぶつかっちまったが…シカマルの視界には入ってないから大丈夫だと思うけど」

 驚いたようなあの瞳が目裏に浮かんだ。互いがぶつかったタイミングで気づいたような一瞬の接触だったし…ましてやこの姿では分からないはずだが。

「そういやお前、二人の審判員だったよな…彼女、覚えてる、か?」
「やったねー、中忍試験本戦。成長したもんだなぁ二人とも…特にテマリ、さらに立派にでっかーく成長しちまって」
「……何の話だ?」

 先の一瞬の接触を脳裏に呼び起こす。ほんの一瞬ではあったが、見下ろす視界に入った胸元の素晴らしさはなかなかのものだった。

「あの頃の奴らはみるみる大人になるもんだぜ…」
「まぁ、確かにな。ところで、なんであいつらは雲隠れのやつらと射的やってんだ?」

 ライドウが指さす先では、任務中の4人が露天の射的に興じている。任務の対象である双子は、二人して紙芝居を見ていた。なんという優雅な任務だろうか。
 その後も二組の任務班同士は何やらがやがやと縁日を巡ってやりあっていたが、やっと双子が別の道に分かれたところで本来の任務に戻ったようだ。

「こっちの気が抜ける任務だぜ。あ、やっとあのガキお使いに精を出し始めたな。ここで妨害しとく?」
「いや…この悠長な様子ならそのまま進行させて、最後でしとめるのが楽そうだ」
「…そーだな。じゃあ、追跡とゴールで待機するのと分担するか?」

 オレの提案にライドウは一瞬思案顔になった。

「そうだな。オレは追うから、お前は先にゴール前で張っておけ。」
「えー…追跡のが楽しそうじゃん?」
「お前の追跡は危ないだろ。」
「…だよねぇ」


※ ※ ※


 任務のゴールとなっている大門前の広場は、次第に茜色に染まっている。日が落ちるにつれて、昼とはまた違った活気が街中にさざ波のように広がっていた。
 たらたらとした任務は最後の時までのんびりのほほんと終了を迎えようとしている。すでにゴールには大名たちが顔を揃えているのにどちらのチームも姿を見せてはいない。

「そろそろ来る、か…?」

 広場の大時計が16時15分を指しているから、いいかげんそろそろどちらかのチームが来るはずだ。シカマルたちよりも先に雲隠れの奴らが来てくれたのならこちらは何もせずに任務完了となる。早く来てくれよ、雲隠れのやつら、と心の中で祈っていたら、ライドウからの笛の音が耳に飛び込んで来る。耳に専用の補聴器をつけておかないと聞こえない音…これが聞こえたとなると、とうとうシカマルたちがやってくるということだ。

「やっぱシカマルが頭使ってんだろーな…」

 笛の鳴った方角に乱れたチャクラの気配があった。まだ遠い位置だが、周りの人間が振り向きざまに道を開けようとしている。人ごみの間から、なぜか子供たちを追いかけるシカマルたち忍の姿が見えている。姿を隠すことなく、お互いが妨害を繰り返しながら子供の進路を確保しているのだ。

「…任務、ぐちゃぐちゃじゃねーか。どうなってんだ、ライドウ?」

 合流してきたライドウも微妙な表情だ。

「ゴール目前で鉢合わせちまって、突然なりふり構わず妨害し始めた。あいつら、任務のルールぐらい守ればいいものを…」

 逆に双子は純粋なもので、手を取り合って爺さんのいる方向へと軽やかなスキップをしていた。女児は片手に花束を持ち、男児は竹細工の風車を持っている。あれらがお使いの品らしい。

「よし、ゲンマ、チャンスだぜ」
「何か、あんなチビを妨害するのは気が引けるなー」
「バカ野郎、これは任務だ。」

 大人たちの思惑で傀儡のように使われている男児には、心底同情心を覚えるのだが…。

「シカマル、切り札だ!」
「おう」

 のどかな二人の後ろから、テマリの指示の声が聞こえてくる。彼女の指示によりシカマルが印を結び影を伸ばす。影の先が男児にたどり着くと、男児は女児とつないでいた手を離し、駆け足を始めた。女児の方は唐突な男児の行動にキョトンとした表情で歩を止めている。それはあまりに卑怯じゃないのか?

「…やりますか」

 鳥笛を拭いてアオバから借りた烏(からす)を呼び出す。一瞬、悪魔に魂を渡す気分になったが、それを塗りつぶすような綱手様の微笑みが広がっていく。ままよ!と心で念じながら、対象を指示すると、烏は男児の方角へと飛び立った。指示している自分達も目を見張るほど一瞬の間に、鳥はひょいと風車を加えて、騒がしい一団が今きた方角へと消えていった。
 唖然として、空を見つめる男児、そしてシカマルにテマリ。その場から動けなくなっている三人を後目に、女児と雲隠れの忍たちは大名の元へと駆け寄っていった。

「勝負あり!」

 爺さんの声が広場に響く。その声にシカマルとテマリが振り向き、見ている方が笑いを禁じ得ないような呆けた顔を晒している。シカマル、これも遠回しにはお前のため、里のため、綱手様のためだ、許せ。




 

「しもべたち 2」 
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