しもべたち 3


  温泉旅館の古めかしい渡り廊下を湯殿に向けて進む。ひとまずの任務が無事思惑通りに完了しているから気分が軽い。先輩方の有り難い指導のおかげで、今晩の自主任務でさえ楽しみと化している。これから温泉で寛いだら、宴会場で夕飯を食って、あいつらをネタに部屋で地酒をたんまり飲むのだ。楽しくない訳がない。

「あー…なんだか温泉って幸せっすねー」
「そうだな。心が内側からほぐされちまうなぁ」

 コテツの隣りを歩くゲンマも、普段より寛いだ様子でのろのろ歩いている。廊下にパタパタとスリッパの音が響くのも愉快だ。渡り廊下の窓の外には、本館らしき厳つい建物の廊下を足早に移動する仲居たちの様子が見えた。

「お、もう夕飯スタートしてんだな」
「お膳で運ぶってのが風流っすよね。そっか、本館とかは部屋で食べる客が多いんだな。俺らの部屋、狭いですもんね…」
「無理矢理4人詰め込んで予約したらしいぜ。」
「一応最大四人可能っても、一部屋…12畳ぐらいですからねー」
「シカマルたちも旧館の部屋っつうことは、同じぐらいの広さってことか」
「そうそう、さっき調べておいたんですけど、旧館は部屋のサイズがまちまちで、シカマルたちの部屋は本当に二人部屋で八畳ぐらいのもんみたいです」
「おー思惑通りだなー。狭い部屋ならば、布団もばっちり並べられるなぁ」
「シカマル、据え膳っすよねぇ」

 アイツに食えるのかぁ、なんて軽口を叩いていると湯殿前にたどり着いた。男女の露天風呂の入口の前には、休憩スペースがあったので、追いかけてくるはずのライドウとイズモを待つために腰掛ける。

「風呂で夜のシナリオを立てておこうぜー。コマはしっかり動かしてやらにゃいかん。」
「二人はもう到着しているみたいっすね。そろそろあいつらも部屋に入るぐらいだなー」

 現在の自分達には対人の認識を惑わす幻術だけかけてあった。シカマルに自分達の介入を知られるのは問題なく、せいぜいおちょくってやればいい。ただし、今回一緒に餌食になっているテマリにこの一連の任務を知られるのは色々と不味いということで、こちらから話しかけないと相手に認識されないような幻術をかけてあるのだ。

「それにしても、ライドウたち遅せーな」
「旧館内の最終確認と俺らの部屋の簡易結界だけっすよね。何か問題発生してんのかな…」
「あいつら、お遊びにも慎重すぎんだよー。」
「お!今日の主賓の登場だ」

 向こうの渡り廊下に視線をやると、件の二人が仲居に案内されながら旧館へ移動していく。幻術がかかっているのは理解しつつも、思わず声を潜めてしまった。あちらには見ず知らずの他人が休憩場で会話しているにすぎないのだ。

「何も知らないって怖いねぇ」
「ま、でもシカマルにとっては美味しい話ですから」
「ライドウ先輩たち未だ来なさそうだから、売店物色しませんか?酒のつまみとか。」
「いいね、遅いと売店閉まりそうだもんな。一度本館散策するか」

 湯殿前から、新館を経由して本館へと移動する。本館は流石に人通りも多くてにぎやかだった。フロントの奥の方にある中庭の眺めが良い場所に、地場の名産品などを取り扱う売店があった。地酒やら珍味などを物色していると、ゲンマが中庭に鋭い視線を向けている。

「…おい、なんか中庭に微妙な気配がするぜ」
「騒がしいっすね…あれ、あいつら」
「うわー厄介だぜ。あの頭堅そうな砂…風影付きの担当上忍…とテマリの弟のカンクロウだっけか。中忍試験途中棄権したやつだな。あとはくノ一が二人、と」
「ライドウ先輩がいってのってあいつらかな?あいつら、も、任務ですかねー?」

 そうだなあ、と生返事をしながらゲンマは濁り酒の一升瓶とタコの燻製を購入した。そのまま庭を眺めるフリをして砂の忍たちを観察する。砂の上忍がくノ一に何やら指示を出している…様に見える。兄の方は我関せずな表情だ。見ている限りにはまっとうな任務などではないように感じた…俺らと同じように。

「砂隠れにも同じようなこと考える上司がいるってか?」
「…弟じゃないんですか?」
「あ、弟かあ!我愛羅、ああなっちゃー親族に甘そうだからねぇ。ありうるな。どうせなら、ちょっと情報交換でもしときたいなぁ」
「確かに。あのくノ一かカンクロウなら話しやすそうっすね」
「うーん…一度ライドウたちと策を練るかぁ。まずは、風呂でスッキリしようぜー」


※ ※ ※


 男だけで露天風呂ってのはそれはそれは色気が無い。ちょうど飯時のタイミングだったのもあって、露天風呂には俺ら以外の利用者はいなかった。気配を感知するに女性の露天風呂にも人の気配はない。
 ぐだぐだと後輩たちの夜を妄想しながら湯浴みを終え、素早く浴衣に着替えていると、湯殿の暖簾を潜って来る人物があった。

「お」
「シカマル、いらっしゃーい」
「…うわ?」

 こちらから声をかけた途端に幻術が切れのだろう。シカマルはこちらの姿を認めてワンテンポの後に間の抜けた声を出した。

「シカマルくーん、良いタイミング。お前、ひとり?」
「あたりまえじゃないっすか…てか、先輩達、何でいるんですか?」
「オレとライドウは雷の国の任務終わりで、こいつらは湯隠れで任務中なんだぜ。指定宿い来てみれば、可愛い後輩が他里のお姉さんと一緒にわくわくお泊り旅行だって聞いたからさー。ちょっと心配になっちゃうじゃない?」

 ゲンマがからかいの表情でのたまうと、シカマルは分かりやすく面倒くさそうな顔をした。

「綱手様がまた余計なことを話したんじゃ…」
「いやあ、後輩が大切な夜に粗相しないかってさぁ。ちょっと協力してやろーかと」
「お前、浮かれてんじゃねーぞ。しっかり段取り踏めよ」
「お兄さんが大事な話をしてあげようね」
「…なんスか」

 含みの意味は理解しているのだろう。心底嫌そうだった。

「ちゃんと理解してますんでほっといて下さい。そもそも勝手にそんな妄想しないで欲しいっす」
「お前…保健体育の教科書じゃだめだぜー?」
「エロ本か?ビデオか…お前らの同期って具体的な部分で実践経験が無さそうなやつが多いかんなぁ」
「何しにきたんですか。人をおちょくるような話ばかり…」
「だってよー、ずりーじゃん。こっちは汗臭い任務だったんだぜー?」
「はあ」
「年上のお姉さんと一緒の部屋ってどうなの?」
「どうって…どうもないっすよ。任務の延長っすから」
「うそつけ阿呆。お前男か。ちゃんとついてんのか…?」
「…めんどくせぇなあ」
「オマエ、可愛げないねー。ナルトや犬塚はとっても素直だぞ」
「本能直球なあいつらと一緒にしないでください」

 頭が良い奴は可愛げがないねぇ、という綱手さまのシカマル評が理解できる。こんな美味しい立場にあって、クール気取ってるってのが面白くない。その気持ちは他のメンバーも同じだったようだ。

「ほぉー余裕じゃん。そっれにしてもテマリちゃんエロい身体してるよなぁ、コテツ?」
「そうっすよねぇ。オレ達はさぁ、あの里長のせいで見慣れてるもんだけど。テマリのあれは大したもんだぜー?」
「あんなんなのに興味ないなんて…お子ちゃまだなぁシカマル?お前が興味ないなら、せっかくだから話しかけてみるかなー」

 ゲンマ先輩とオレかぶせるように追い打ちをかけていくと、やっとシカマルの表情が変わった。おーいいね、そのふて腐れたような顔。

「で、どうなのお姉さんは?」
「――無防備すぎて…困ってます」
「だよねー」
「まあ、ともかく俺らは同じ旧館にいるからさ。何かあったら訪ねておいでよ。上の階の『萌黄』って部屋にいる」
「…こっちの部屋も把握してるんすか?」
「まーな。特別上忍を舐めんなよ?」
「…何も起こらないですから、放っといて下さい」
「阿呆。女と二人だけの部屋で、すでに何も起こす気のないお前はヘタレか?」
「お前が大丈夫って思っててもだな、一瞬で理性なんぞ吹き飛んじまうタイミングはあるぞ」
「で、これは餞別だ」
「?」

 ゲンマがそっとシカマルに何かを握らせた。

「頭脳は上忍レベルでも、お前はまだ若い。避妊はしっかりな!」
「じゃあな、しっかり身体は隅々まで洗っておけよ?あと、爪はしっかり処理しとけ」
「歯もしっかり磨いとけよー。」
「健闘を祈る」

 シカマルは右手に握らされたソレを一瞬で理解したようで、ぐしゃりとそのまま握りつぶしている。
 オレ達は、思い思いに後輩を鼓舞する言葉を投げつけて、暖簾の外へと逃げ出した。


 

「しもべたち 3」 
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