昼物語 「任務」



 ぱぁんぱぁんと祝砲の音が聞こえる。この湯隠れの里の冬を祝う「湯祭り」の開催の合図だ。見上げた空は冬ならではの白々とした晴天。少し離れた場所には白い狼煙と高く舞い散る紙吹雪が見えた。

「派手だな…」

 テマリの隣りに佇むシカマルが独り言のようにつぶやいた。

「年に一度の祭なんだろ?一週間も続くってこの観光情報に書いてある」
「大賑わいだな。もっと鄙びた感じの祭と思ってたぜ」

 テマリとシカマルの任務集合地である大門前の広場には、各国の特徴が見られる衣類が入り乱れていた。広場を取り囲むようにしている屋台からは、食欲をそそる香しい匂いが漂ってくる。今が一番の稼ぎ時なのだろう、客を呼び込む声にも気合が入っている。そしてこの賑やかな里を覆っているのは、里中に湧き出しているという温泉の硫黄の香りだった。
 
「里の外はあんなに寒かったのに…湯気と地熱のせいか?空気が温かいね」
「あぁ。祭じゃなくても冬にも過ごしやすい気候だからって別荘持ちの大名も多いらしいぜ?」
「…なるほどな。今回の依頼主もきっとそんな道楽趣味なヤツなんだろーな」

 苦々しい顔をするテマリ手元にあるのは、依頼主より送られてきた観光情報誌と任務依頼の紙面だった。
 2週間前に火影の元に割り込まされてきたこの依頼は、湯隠れの里に滞在している雷の国の地方大名からのもの。金も時間も名誉もある人間は、その財力やら威厳を誇示したいのか依頼内容と釣り合わないランクの忍を要求してくる。過剰な依頼費用を惜しみなく出すため、資金難の里はありがたーく任務を受けることになる。

「そもそも、雷の国ってのが厄介だ。昔っから相性が悪いんだ。」
「まあ…騒がしい感じはあるな。」
「そう。まさにこの祭そのもののイメージだ」
「付き合わせちまって悪いな」
「いや、綱手さま直々の依頼だもの、お前謝ることじゃないだろ」

 綱手の元にやってきたこの依頼は、二名の忍を祭に派遣して欲しいというもの。具体的な依頼内容な含まれていなかったが、この大名も相場の10倍に近い値を提示していた。依頼では2名の上忍を派遣するべきところなのだが、大破した里の復興作業のためおいそれと急には人員確保ができない。困った木ノ葉の代表はちょうど外交会議で来ていたテマリに助っ人を申し出たのだった。同じ会議に出席していたシカマルも、「上忍見込みってことにしといたぞ」と傍若無人な指示と共に任務が言い渡されている。

「…それにしても遅くないか?」
「そうだな。もう指定時刻から半時…か。その別荘地ってやつはそんなに遠くにあんのかね」
「あ」

 大門の外をじっと見据えていると、遠方よりやたら目を引く物体が近づいてくる。岩地の大地の向こうから、幌のついた馬車を手足のがっしりした馬がどたばたと必死の形相でこちらへ引いてきていた。

「あれか」
「あれだろうな。」

 距離が近づくにつれて、響き渡るがちゃがちゃとした大音量。

「おおー、木ノ葉と砂隠れの!待たせてすまんかったの。」

 ぶんぶんと手を振っていた依頼主の爺(じじい)…いや大名が、高さのある馬車の荷台から飛び降りる。年齢に対して足腰はまだまだ丈夫らしい。依頼主を見守っていると、後ろからさらに出てくる人物が複数いた。大名の付き人に連なって出てきたのは、男女の雲隠れの忍。今回の任務に増援があるとは聞いてはいなかったが。

「なんだ、あいつらは。」
「ご挨拶じゃねーか…てか、代理の砂隠れの上忍ってくノ一だったのかよ?」
「で、木ノ葉の方は上忍班長の息子とかいう頭脳派だっけか?」

 やたら口の悪い雲隠れのくノ一がテマリを見てつぶやく。さらにそのくノ一とセットのような肌の色をした忍が続けた。雲隠れの二人…オモイとカルイが名乗って来たため、自分達も自己紹介を返す。初対面の忍が、こちらを品定めするようにじろじろと眺めて来るのが心地悪い。

「すまんすまん。これで全員集じゃの。ご足労ありがとう。早速だが任務について説明させてもらうぞ」

 何やら全容が見えぬまま、国を跨いだ忍4名が関わる任務についての説明が始められる。任務…という割にはどこにでもいる爺さんの顔になって、そわそわと口を開いた。

「ワシの双子の孫がこの湯隠れの祭を毎年愉しみにしておっての」
「はあ」
「もう今年で5つになりよってな。まだまだひよっこな子たちじゃて、心苦しくはあるが…そろそろ色々社会に慣れておくべきと思うておる。この祭で一人で買い出しをさせたいんじゃ。で、お前さんたち、二組になって孫たちそれぞれを尾行してくれるな」
「…はぁ?」
「ただ尾行するでないぞ?街中で何があったかちゃーんと書面で報告すること。あと、あの子たちが助けを必要とする時は、笛を吹くよう教えてある。尾行中は姿は見えんようにして欲しいが、笛の音が鳴った時は、すぐに助っ人として要望に応えてて欲しいんじゃ」

 大名のとろけそうな笑顔を見て、テマリは自分の経験的判断が当たっていることを悟る。上位レベルの忍を集めた割にはぬるい内容だった。とはいえ、火影経由の依頼なのだから断ることも依頼主を不機嫌にさせることもできない。

「…つまり、初めてのお使いの見届け人をわたしらに依頼したいと?」
「ウチたちゃ、子守のために依頼うけたんじゃねーぞ!てめぇでやりやがれ!」

 金に余裕のある里の忍は強気でうらやましい。心底面倒ではあったが、少なくともテマリとシカマルにこの任務に文句を言う立場的な余裕はないのだ。

「そうつんけんせんで、やっとくれんかの。ワシの孫たちは忍に憧れておるんじゃ。それに…なんせ今日は祭じゃて。お前たちほどの忍ならば任務は片手間でも簡単なもんじゃろ?縁日も温泉も一日ぞんぶんに楽しんむがいいぞ」

 満面の笑みでごりごりとカルイの押し切るところを見ると、ほんわかすっとぼけているように見せつつも、食えない爺さんらしい。カルイのあがきが収まるのを見計らって、気配を消して傍らに控えていたいた大名の付き人が何やら大きな風呂敷包みを馬車より持ち出してきた。

「おお、そうじゃ!まずは、この祭での正装に着替えてもらわんとな。」
「…正装って何だぁ?オレたち忍はこの装束が正装なんだぜ?」
「ほっほ。そのような無粋な忍装束はこの湯隠れの里では脱いでいただこう。そう、これがこの里での正装じゃて」

 一人ずつに配られた風呂敷の中を開ける。ぺらりと現れたのは、何やら宿の名前が斜めに印字された簡素な浴衣だった。そういや、この広場にいる人々の多くは似たり寄ったりのこの浴衣を着ていた。

「…これは動きにくいだろ」
「ふざけんな、じじぃ…こんなんじゃ任務やりづらいわ!」

 早速、オモイとカルイが大名にかみつく。確かに通常任務であればこの薄っぺらい浴衣での任務はあり得ないが…このおままごとな任務ならば何も弊害はなさそうだと思うのだが。

「へぇ…雲隠れの忍は、装束次第で任務も困難になるほど軟弱か?」
「…んだとぉ!?んな訳ねぇだろーが。てめーらは忍のプライドってもんがねーのか!?」
「忍装束よりは、周りに紛れる恰好のが便利だぜ?」
「そうじゃろ!木ノ葉のは噂通りに機知に富んでおるな。浴衣だけじゃなく羽織も一緒にあるぞ」

 一々ごねる雲隠れ達に対して、素早く任務を終えるために助け舟をしたのだが、それを知らずか、大名は嬉々として浴衣とセットに誂えてある紺の羽織とオマケのようなたすきを取り出しいる。

「せっかくじゃて、2組に分かれるのだから勝敗を競ってもらうぞ。今回指定する品をあの子たちが購入し、先にここへ戻った方が勝ちじゃ。勝った組には本日の温泉宿の迎賓館の部屋を割り当てる」
「まじで!?この宿の迎賓館は影のクラスじゃねーと予約できないって噂の…?おい、勝つぜカルイ」
「お!じじぃ、中々粋な計らいするじゃねぇか。ウチたちより格下の部屋に泊まる負け組を嗤ってやろーぜ!」
「いや…普通に任務しようぜ」
「ああ、祭やら、賞品で浮かれるなよ。お里が知れる」

 一方的に宣戦布告をされ、やたらテンションが高い二人にテマリとシカマルは押されっぱなしである。かくしてこの湯祭りでの対抗任務の幕は切って落とされた。


※ ※ ※


「おい…あのチビ大丈夫なのか…?」
「………」
「双子の女の子の方が活発そうだったよな…」
「まあ、そこは同意する」

 自分達の担当する大名の孫…5歳の男児・ミツバは、先からずっと同じ露天の中で金魚すくいの金魚を愛でている。幼子が好奇心を刺激されるのも分かるが、このミツバは執着心が強いのか同じ場所を動かない。制限時間は5時間近くあるが…これでは任務失敗となってしまいそうだ。
 浴衣に着替え、いかにもな観光客を装うべく露天の笹団子を購入して食べながら男児を見張る。露天の裏手でさして身を隠すでもなく待機していたのだが、2つずつ購入した団子はすっかり胃の中だ。

「買い物の写真はにぎっているが…誰かに尋ねたりはしないのかね」
「…のんびりなやつなんだよ」
「お前、ちょっと共感覚えて情けはかけるなよ?」
「かけねーよ。あの爺さん、孫の経験のために街に放りだしたんだろ?あいつのやりたいようにやらせてやればいい」
「分かった風なことを言うなぁ?この流れで行くと門限時間の17時はかるく越しちゃうぞ。初めてで時間切れは可愛そうじゃないか」
「あんたのが情に流されてるじゃねーか。流石弟が二人もいるとお優しいねー」
「…バカにしているのか?」

 だらだらと話をしていると、とうとう男児が金魚の前から立ち上がる。腰の高めに結ばれた兵児帯(へこおび)をふよふよ金魚の尾びれのように揺らめかせてれてれ歩いていたが、斜め向かいの飴細工の前で立ち止まる。

「あーぁ…大人の言いつけをしっかり守れる子って言ってたけれど、あの爺さん甘い評価なんだろうな。じゃ、次は何食べよっか?」
「満喫してるな」
「ああ。こんな暇でちょろい任務だもの。せいぜい食事と温泉を楽しむしかないだろ?あ、さっきから良く見るあの饅頭はなに?」
「―――ああ、温泉饅頭だな」
「温泉が付くと何か中身が違うのか?」
「温泉の蒸気を利用して蒸すって聞くけどな。まあ、あの温泉マークがついてる饅頭はみんな温泉饅頭だ」
「へえ…じゃ、次は温泉饅頭にしよ。たくさん種類があるから吟味しなくちゃな――あっ、あいつ細工飴買ってるぞ?」
「お使い前にお駄賃使うとは図太いヤツだな。お、早速食い始めた…いい笑顔してやがるぜ」
「うかれた顔しやがって。あ、あの店の黒い温泉饅頭良い匂いがする…あれにしよ。行くぞ、シカマル!」
「…ったく」

 後ろでぶつくさ文句を垂れているシカマルを率いて、飴細工屋の隣りの店に移動する。机の上には箱入りの黒い饅頭が所狭しと並べられていた。その場で蒸しているらしく、湯気の立つものもある。

「いくつ買うんだ?」
「8つ…いや、10で!」
「おい、夕飯食べられなくなんぞ?」
「ここで全部は食べないさ。持ち帰るから」

 支払を済ませ紙袋に詰められた饅頭を受け取った。早速、ほかほかと心地よい湯気と甘い香りを漂わせるそれをぱくりと頬張る。黒糖の甘味が口の中に広がった。

「これ、うまい」
「そりゃなによりで」
「お前も食べるといい。ほら、大きく口開けろ」
「え…?」
「あーん」

 何やら戸惑っているらしいシカマルの、中途半端に開かれた口に温泉饅頭を詰め込んでやった。

「…うっぐ」
「ほら、ちゃんと大きく口を開けないから、こうなる」
「むちゃくちゃしやがっ……確かにうまい」
「うん、私の鼻は確かだな。一口サイズだからたくさん食べられそうだけど…喉が渇くね」
「本当は熱い茶と言いたいところだが…せっかくなんであの温泉サイダーはどうだ?」
「いいね。お前は食べ物の選択が上手いよなあ。木ノ葉のサンマとか美味しかったもの」
「砂の使者様は食事にこだわりがあるようですから、案内係は粗相の無いように頑張ったんだろ」
「そりゃ、気の利く案内係だなぁ。じゃあ、早速だが温泉サイダーを手に入れてきて」
「…へーい。ちゃんと見張っとけよ」

 顔は不満そうだったが素早く瓶詰のサイダーを販売している露天へと走って行った。先ほどから目の端で確認しているミツバは未だゆっくりと飴をなめている。おかげでこちらも縁日を堪能できるわけだが、あのマイペースさは少々不安にもなる。そろそろ、何かこちらからも手を打つべきか…。

「ほれ。ビンが結構大きかったから1本だけ買ったぜ」
「お帰り。ありがとう」

 冷たいビンからサイダーを口に含むと、強い炭酸が口内で暴れる。甘味が抑えられているこの飲み物なら、甘い温泉饅頭に合いそうだった。サイダーをシカマルに渡し、次の饅頭を取り出す。

「そーいや、あの雲の二人はやたら気合入ってたけどよ、アンタは旅館の迎賓館には興味はないのか?」
「宿の良し悪しは気にしない。寝床と温泉があればそれでいい」
「ほー」
「――ただし。」
「……」
「私は負けるのは嫌いだ」
「…おう」
「いざとなったら手段は選ばずお前の術でゴールさせてやりゃいい」
「無茶苦茶ゆーなって」
「大丈夫だ。本人の意志じゃないだけで、同じ体験するんだから。さくっと片付けて温泉に行こうよ」
「…早く片付けたいのは確かだけどよ」
「んじゃま、いざという時のためにあのお使いの写真を確認しとく――おい、あいつ走り出したぞ!?」
「何だ?」

 あまり宜しくはない算段を立てていたら、うっかり一瞬男児の行動を見落としてしまった。すでに自分達の視界のかなり遠くに小さな背中が見えている。

「あ、あのチビ…さっきまでぼんやりしてたくせにすばしこいな。アカデミーに推薦しとくか?」
「本当にはえーな…下手するとまかれっぞ。」
「よぉし、私に任せろ!」

 いつも行動よりも思考が先立つシカマルの手をひっつかむ。こいつは人一倍頭に情報がつまっている分、最初の一歩に出遅れることがある。この人ごみの中ではぐれてしまってもしょうがないのだ。動的感覚についてはシカマルよりも自信があった。

「ちょっ…」
「サイダー零すなよ!」

 動きに戸惑うシカマルは無視し、素早く人ごみをすり抜けて小さな背中を追跡する。賑やかなエリアに入ったのか増える通行人のせいで視界も動きも悪くなる。コンパクトな体を上手く利用して、男児は露天裏の荷物が散乱するような場所を掻い潜って進む。俊敏で、まるで追跡を振りほどくような動きだ。

「……!」

 気配など感じなかった建物の間から、唐突に人が出てきて思わず肩をしたたかにぶつけた。なんという失態…紺の浴衣を着るその男は慌てたように自分達が今来た方面に消えていった。

「…あれ?」
「どーした?」
「何か、一瞬しか見えなかったんだが、見覚えのある顔だったような」
「なんだそりゃ?…おい、んなこと言ってる前にあいつ路地に曲がるぞ」

 男児がひょいと建物の間に飛び込んだのを見て疑念が吹き飛んだ。思考に囚われていたテマリを導くように、今度はシカマルが前に出て細い路地へと曲がる。真っ直ぐ続く路地にミツバの姿はすでになかった。歩を早め路地を突っ切ると、また人通りの多い大通りに出た。人いきれの中、まるで迷子になったように二人して視線をきょろきょろと辺りへと配る。

「どっちに曲がったか…」
「…わからねぇ。ただあいつも意味なく走ったわけじゃないだろうから、何か目的になるものがあるはず」
「目的になる…か。あ、笛の音…?」

 目だけで探すのを止めたら、独特の旋律で笛と太鼓の音が聞こえているのに気づいた。

「――アリかもな。向かおうぜ」

 音の源は遠くはない。音の方角へと人ごみを潜って走れば、人垣の間に派手な衣装を纏った団体を発見した。なにやら道化師のようないでたちの者たちが各々楽器を持ち宣伝のビラを掲げている。その足元には、金魚を眺めていた時のようなぼんやりとした表情の男児がいた。

「やっぱり…あの音を追って来たのか?よかった…」
「チンドン屋だな。あんな年頃なら興味示すかもな」

 また唐突に走られても困るので、距離を縮めるべく男児の背が見える方角へと歩を進める。

「てめーら、任務にかこつけたデートだろうそうだろう。」
「!」

 唐突に背後からかけられた声に緊張が走る。いつのまにやら騒がしい忍二人がすぐ近くまで来ていた。
 
「もそっと忍としての意識もとーぜ?こっちもガキがチンドン屋追っかけりやがるから追跡してたんだけど。その恰好は一体何なんだ?物見遊山かよ」
「常にアメなめてるやつに言われたくねーけど…こりゃ、カモフラージュだぜ?」
「それにしても、お前ら浴衣似合わないなぁ…周りから浮きすぎだ。雲隠れの忍は尾行もできないのか?」
「――お前ら生真面目そうに反論しやがるが、ぴらぴら浴衣で饅頭とサイダー抱えながらお手てつないで、つっこまざるを得ないだろうがっ!?」

 まったく意識せずにひっつかんだ手をそのままにしていた。何事も無かったように温かかったシカマルの手をぺいっと離してやる。

「こいつが逸れないようにひっぱってやっただけだ。それに、腹が減ると頭が働かないだろ?脳ミソ足りなそうなお前らこそ糖分摂っておけ。何ならおごってやるよ」
「…くそアマッ!さっきから一々小馬鹿にしやがって!!いーかげんあったま来た。一対一の勝負だ!」


※ ※ ※


「疲れた…」

 ちょろい任務だと思っていたら、予想外の祭の混乱と、子供達の行動力、そしてくだらない勝負をふっかけてくる二人の忍のせいで、無駄に体力を使ってしまった。太陽が高い内に温泉につかっておきたかったのに、もはや夕暮れの刻限、空は茜色に染まっている。

「あー悔しい…」
「負けは負けだからな」
「…分かってるがあんな負け方あるか?」
「まあ、終わったことは気にすんな」
「もーいい、早く温泉入って夕飯食べよ」
「そうだな。せっかく旅館と食事まであっちで用意してくれてんだし」
「そういや…館が違うとはいえあいつらと同じ旅館なんだ。極力顔を合わせたくないな…」
「大名御用達の旅館だろ?パンフレット情報じゃあ敷地内が広くて迷路みたいに入り組んだ構造になってっから大丈夫じゃねぇの?」

 任務終わりにあの爺さんは、忍だとていざこざは忘れてゆっくり湯治するが良い、なんてことを言っていたが、あの騒々しい奴らに静かな時間を崩されたくはない。
 テマリは右手にある大名からの紹介状を見つめる。チームごとに手渡され旅館へ渡すそれには、表紙に「本館用」と記入されていた。もう一枚の雲隠れに渡された方には「迎賓館用」と記述があったので、それを思い出すとこの「本館用」が負けの印のようで改めて悔しさが蘇る。
 あいつら、また何か負けた自分達へちょっかいを出してこないだろうか。

「そうだな…私たちの幸運を祈ろう」




-昼物語・了-

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